ある元ゼロ戦パイロットの生き様原田要氏は、元ゼロ戦パイロットだった。彼の実戦経験は、以下のようであった。1933年16歳で、海軍に入隊、1936年予科練トップの成績で、パイロットコースに志願し、正式パイロットになり25歳で真珠湾攻撃に参加。彼の任務は空母の護衛であった。その後空母蒼竜(珍しい写真空母蒼竜)でスリランカに向かい、イギリス空軍機と空中戦を体験。総計5機撃墜した。そして、ミッドウェイ会戦に参加し、空母の護衛の任務に就いた。空母を攻撃に来た敵機と空中戦を行なった。結果的に空母4隻撃沈され、海に不時着して、4時間海上を漂流して、駆逐艦に救出された。その後、1942年10月17日、空母でガダルカナル島へ出撃した。そこで、空中戦で負傷した。不時着に成功し、内地で、後輩の指導にあたった。戦後は、幼稚園を設立し、その経営者として生き抜いた。その傍ら、自らの体験を伝え歩いている。