(たおやかインターネット放送)その日の出来事 織田信長ゆかりの寺院崇福寺1567年(永禄10年)、織田信長が岐阜に入ると、崇福寺は織田家菩提寺となります。1582年(天正10年)、本能寺の変により織田信長と織田信忠が亡くなると、二人の遺品は側室のお鍋の手で岐阜城から崇福寺に持ち込まれ、織田信長・信忠廟所に埋められたといわれています。
1600年(慶長5年)、織田秀信は石田三成の挙兵に呼応し、関ヶ原の戦いの前哨戦で岐阜城に立てこもりますが、福島正則や池田輝政らに攻められて落城します。岐阜城が廃城後、崇福寺は岐阜城天守の床板を譲り受け、この戦いで戦死した38名の武将を弔う為に本堂の天井板に使用したという言い伝えがあります。
リポーター:伊能 英似子
たおやかインターネット放送HP:http://taoyaka.at-ninja.jp/