小さな吸血鬼 マダニの生態マダニ(真蜱)
節足動物門鋏角亜門クモ綱ダニ目マダニ亜目マダニ科 に属するダニの総称である。マダニ亜目(もしくはマダニ目)には他にヒメダニ科 とニセヒメダニ科が含まれるが、本項では主にマダニ科に関する記述を行う。
英語では、大型の吸血性のダニであるマダニ類をtick、それ以外の小型のダニをmiteという。
マダニはハーラー器官と呼ばれる感覚器を持ち、これらによって哺乳類から発せられる酪酸の匂いや体温、体臭、物理的振動などに反応して、草の上などから生物の上に飛び降り吸血行為を行う。その吸血行為によって、体は大きく膨れあがる。
寄生の様式
マダニの吸血は吸血昆虫のそれとはまったく異なる。吸血昆虫の吸血は「刺す」ことによる。つまり、口吻が針状であり、これを血管に直接刺し入れることで吸血を行うのである。対してマダニの吸血は「噛む」ことによる。マダニの口器は鋏のような形状をしており、これにより皮膚を切り裂く。さらに、口下片と呼ばれるギザギザの歯を刺し入れて、宿主と連結し、皮下に形成された血液プールから血液を摂取する。
この時、マダニは口下片から様々な生理的効果のある因子を含む余剰体液を宿主体内に分泌し、吸血を維持している。また、フタトゲチマダニ等をはじめとした、マダニ属、キララマダニ属以外のマダニは、口下片を唾液に含まれるセメントの様な物質で包むことで連結を強固にしている。
このような吸血方式の違いのためマダニの吸血時間は極めて長く、雌成虫の場合は6 - 10日に達する。この間に約1mlに及ぶ大量の血液を吸血することができる。
マダニ媒介性感染症
マダニ科のダニは吸血の際に様々な病原体を伝播させるベクターとして知られる。以下に媒介する感染症の代表例をあげる。
日本紅斑熱:
Q熱:
ライム病:ノネズミやシカ、野鳥などを保菌動物とし、マダニ科マダニ属 Ixodes ricinus 群のマダニに媒介されるスピロヘータの一種、ボレリア Borrelia の感染によって引き起こされる人獣共通感染症のひとつ。
回帰熱:ヒメダニ属、マダニ属に媒介されるスピロヘータ科の回帰熱ボレリアによって引き起こされる感染症。
ダニ媒介性脳炎:マダニ属のマダニが媒介するウイルス性感染症。
重症熱性血小板減少症候群:SFTSウイルスの感染により引き起こされる感染症
予防策
できるだけ草むらに入らない、長袖長ズボンを着用、山では草に直接座らない、虫除けスプレーを使用する、帰宅後すぐ着替え入浴するなどが望ましい。
マダニ科は口器を皮膚に刺し込んだ際にセメント様物質を唾液腺から放出する。このセメント様物質は半日程度で硬化するため、これ以降1 - 2週間程度は体から離れない。そこで無理にマダニを引き抜こうとすると、消化管内容の逆流により感染リスクの上昇を招いたり、体内にマダニの頭部が残ってしまう可能性が高い。1 - 2週を経過した後は、セメント溶解物質を唾液から出し、これによって皮膚から離れる。
ヒメダニ科はセメント様物質を放出しないため、容易に取り除くことが出来る。
感染症罹患の恐れがあるため、マダニ咬症の場合は医療機関を受診すべきである。切開してマダニを除去するのが一番確実であるが、ダニ摘除専用の機器も存在している。民間療法ではマダニ虫体にワセリンを塗り約30分後に虫体を取り除く、アルコール、酢や殺虫剤をつけたり、火を近づけたりするとマダニが嫌がって勝手に抜けることがあり、それが成功した例も報告されているが、無理に自己摘除しようとするとダニ媒介感染症の感染リスクが上昇するので推奨されない。除去後、セフェム系、ペニシリン系、テトラサイクリン系などの抗生物質を投与する。
防除
ダニの防除法としては殺ダニ剤が用いられる。世界各地で有機リン系、ピレスロイド系、アミジン系、ニコチン系、マクロライド系抗生物質、成長阻害剤などが用いられる。また、これらの合剤が用いられることもある。しかしながら、アメリカ、南米、オーストラリアなどの畜産国では殺ダニ剤抵抗性のマダニが出現し問題化している。最近ではマダニの中腸に由来する糖タンパク質の組み換え体をワクチンとして用いる方法がオーストラリアや中南米で実用化されている。